「二宮尊徳」はどのようにして成功をしたのか!

「二宮尊徳」はどのようにして成功をしたのか!

 この講座は農業経営について書いてきた。その締め括りとして「二宮尊徳」について話をしたいと思う。二宮金次郎の名は知らない人はいないと思う。でも何をやったかはあまり知られていない。実は天保の大飢饉(1833~1839)で疲弊した農村集落の立て直しをした人物なのである。現在で言えば地方の再生である。二宮尊徳の地域再建数はなんと600地域にもなる。なぜ立て直すことができたのか。どうやって立て直すことができたのか。そこがおもしろい。
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 二宮尊徳は裕福な家庭に生まれた。しかし二度の大水害で作物の収穫が0になる。過労から父母が病死。幼くして叔父夫婦に引き取られる。

 恵まれた境遇とは言えない中で何をしたのか。捨ててあった〝余り苗〟を拾い植えた。捨ててあるわけだから誰のものでもない。でも、これを大切にして育てれば収入になると考えたのである。菜の花も同じように収穫されることもなく放置してあった。その種を取り、畑にまき、油をとった。その油を売ってお金にするとともに、学習の灯りにした。その話が薪を背負って書を読む金次郎の銅像になったのである。誰もが見捨て注目しないような小さな物に注目をしたのである。小さな物を大切に育てていれば大きな収穫になると考えたのである。叔父の家から自立するには知恵と工夫が幼少の頃から必要だったのである。24才で失った家の再興をする。農業者である前にファイナンシャルプランナーだったのだ。お金に関してとても学習をしていた。
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 人が見捨てたものを大切にしてお金を稼ぎ、節約をして借金の返済をする。そして自分の分を守る。自分にできることから始める。そして余ったお金があれば災害に備える。このようにして家を再興した。これは蓄財の基本中の基本である。

 26才の時、小田原藩・家老服部家に奉公する。家老より服部家の財政再建を依頼される。服部家の浪費はひどく家計は火の車だった。家老の本気度を確認して引き受け見事に再建をした。その功績から小田原藩の所領である、栃木にある下野国桜町領の再建が依頼される。天保の大災害で農民はやる気を失っていた。ドン底である。それを見事に再建した。再建に成功すると次々に依頼が来て、最後は600もの地域を再建したのである。

 二宮尊徳は心田の開発を主眼にした。「わが道は人の荒れた心を切り開くのを本意とする。荒れた心が開けたる時はたとえ何万、何町歩の土地が荒廃していても憂うる必要などない」人間の力を信じていたのである。もちろん、そのための農業技術は超一級であったことを忘れてはならない。また豊かになるための節約もお金の大切さも大事にしたことを忘れてはならない。二宮尊徳は農業経営者だったのだ。農業で一番大切なものを知っていたのである。大切に育てれば天が豊かさを与えてくれる。それが農業なのである。

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